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浦和地方裁判所 昭和50年(ワ)265号 判決

原告 有限会社 こだま印刷

右代表者代表取締役 塘健男

〈ほか一名〉

原告両名訴訟代理人弁護士 栃木義宏

同 川中修一

同 南木武輝

同 寺崎昭義

同 渡辺千古

被告 埼玉県

右代表者知事 畑和

右指定代理人 金子克美

〈ほか一名〉

被告 福島清治

〈ほか二名〉

右被告四名訴訟代理人弁護士 山下卯吉

右訴訟復代理人弁護士 福田垣二

被告 国

右代表者法務大臣 奥野誠亮

右指定代理人 渋川満

〈ほか四名〉

主文

原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告埼玉県は、

1 原告有限会社こだま印刷に対し金三八五万円、同二宮章一に対し金三三万円及びこれに対する昭和五〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2 原告有限会社こだま印刷に対し、別紙一記載の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び埼玉新聞の各朝刊社会面広告欄突出しに二段ぬき(縦二段、横五・二五センチメートル以上)で、表題並びに「有限会社こだま印刷」及び「埼玉県」の各名称を一・五倍ゴジック活字、本文、年月日を一倍明朝体活字をもって、各一回宛掲載せよ。

(二)  被告国は、原告有限会社こだま印刷に対し、金一一〇万円及びこれに対する昭和五〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告松本隆吉は、原告有限会社こだま印刷に対し金五五万円、同二宮章一に対し金三三万円及びこれに対する昭和五〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

(四)  被告福島清治及び同小島豊は、各自原告有限会社こだま印刷に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和五〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

(五)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(六)  右(一)の1及び(二)ないし(四)につき、仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一)  主文同旨。

(二)  敗訴の場合に、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  被告らの違法行為

1(1) 埼玉県警察川口警察署警備課長である被告松本隆吉は、昭和五〇年三月二四日被疑者不詳の殺人被疑事件(以下、本件被疑事件という。)につき、川口簡易裁判所裁判官に対し、捜索すべき場所を肩書地所在の原告会社建物とし、差し押えるべき物を別紙二記載のとおりとする捜索差押許可状六通の発付を請求し、同裁判官は、同日右請求どおりの捜索差押許可状六通(以下、右六通を総称して本件各令状という。)を発付し、右被告を責任者とする同署所属の警察官など約二〇〇名の者は、翌二五日午前六時頃から同日午前九時五〇分までの間、右捜索場所において本件各令状を執行した。

(2) 被疑者、被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所における捜索差押については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り捜索をすることができ(刑事訴訟法二二二条一項、一〇二条二項)、捜索令状の請求に際しては、差し押えるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければならない(刑事訴訟規則一五六条三項)とされているのであるから、捜査官及び裁判官は、被疑者、被告人以外の者の住居等について捜索をし、物を差し押えるに当っては、令状の請求、発付及びその執行のいずれの段階にあっても、右各規定に照し、慎重に対処する義務を負う。

ところで、本件被疑事件は、昭和五〇年三月一四日埼玉県川口市内のアパートで中核派書記長本多延嘉が殺害され、その被疑者は、日本革命的共産主義者同盟、革命的マルクス主義派(以下革マル派という。)に所属すると思われる事件であり、本件各令状に記載された差し押えるべき物にはいずれも「本件に関係ある」という限定が付されているのであるから、別紙二差し押えるべき物(一)記載の各物件は革マル派の事務所等直接革マル派に関係のある場所にしか存在しないものであり、又、同(二)記載の各物件のうち機関紙(誌)及び書籍類を除くその余の物件並びに同(三)ないし(六)記載の各物件はいずれも本件被疑事件の犯人若しくはその直接の関係者が作成ないし保管しているものと考えられる。ところが、原告会社は、昭和四九年八月一三日一五名の出資者により、設立登記を経て設立された有限会社であって、新聞、雑誌、書籍、パンフレット等の印刷を目的とするものであり、その営業の一環として革マル派の依頼を受けて同派の機関紙「解放」の印刷をしているが、同派経営の印刷所ないし同派の機関ではない。すなわち、原告会社は、資産を所有し、経理関係も独自に処理し、就業規則、寄宿舎規則、時間外労働等につき労働基準監督署に所定の届出をなし、従業員らも労災保険、雇用保険に加入する等通常の営利法人としての形態を備えており、しかも、同派の機関紙等の印刷が原告会社設立後の同年一〇月一三日まで秋田印刷でなされていたことによっても、原告会社が同派経営の印刷所ないし同派の機関でないことは明らかである。更に、原告会社役員及び従業員は、ともに本件被疑事件の被疑者その他の関係者との間に接触面識がなく、本件被疑事件と関連を有するいかなる事情も存しないのである。そして、以上の事実は、警察官の調査をもってすれば容易に判明する事柄である。

従って、革マル派や本件被疑事件と何ら関係のない原告会社の所有建物を捜索場所とし、前記のような物件を差し押えるべき物として請求、発付された本件各令状は、何ら差し押えるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき合理的資料に基づかずになされた違法なものであるが、仮に原告会社若しくは従業員と革マル派ないし本件被疑事件との間に何らかの関係が認められるとしても、差し押えるべき物とされた前記各物件に照し、被疑者に対する場合のように請求、発付された本件各令状が違法であることは明らかである。なお、別紙二差し押えるべき物(二)記載の各物件のうち機関紙(誌)及び書籍類は、いずれも市販されているのであるから、強制捜査をしてまで入手しなければならないものではなく、本件各令状はその点でも違法である。

以上のとおり、脆弱な根拠に基づく本件各令状の請求は、捜査官が原告会社に対する予断若しくは不当な意図に基づいた見込捜査に基づいたものであり、又、右各令状の発付は、これを抑制すべき義務ある裁判官がその義務を怠ったものにほかならないから、いずれにしても違法であることが明白である。

2(1) 前記警察官は、本件各令状を執行するに当り、原告会社の表側塀を乗り越えて敷地内に侵入し、所携のカッターで表門の錠を破壊し、自己の居室或は工場内の持場について立会を要求する従業員多数を敷地外に排除したうえ、原告会社の保管に係る別紙三押収品目録第一記載の各物件及び原告二宮の保管に係る同目録第二記載の各物件をそれぞれ差し押えた。

(2) 本件各令状の執行には、次の違法が存する。

(イ) 警察官が捜索差押の如き強制捜査を行うに当っては、国民の住居の平穏、財産権、思想・信条・結社の自由等の基本的人権を保障し、手続の公正を担保するため、捜索、差押を受ける者に対し、捜索差押の対象となる場所や物を十分認識できるように令状を示すべき義務がある。

ところが、被告松本は、本件各令状の執行開始に先立ち、原告会社建物表門付近において原告会社工場長鈴木啓一(以下、鈴木という。)、同社顧問弁護士寺崎昭義(以下、寺崎という。)らに対し、本件令状六通のうち一通のみを呈示したが、呈示された右令状の捜索場所を表示する添付図面には原告会社建物のうち二階従業員宿舎の各居室が除外されていたため、鈴木らが、右各居室は従業員個人の居室として使用されているものであり、その捜索をするに当っては、各居任者の立会が必要であると考え、右各居室についての令状の有無を問い質し、その呈示を求めたところ、同被告は「全部捜索する。」と答えただけで、令状の有無、呈示につき何ら応答するところがなかった。右のとおり、鈴木らにおいて捜索差押の対象たる場所や物を未だ確認できない状況であったにも拘らず、被告松本らはその後、次項記載のとおり、原告会社敷地内に侵入して捜索差押を開始したものであるから、同被告が敷地内侵入に先立ち本件令状全部を呈示しなかったことは違法である。

(ロ) 捜索差押における強制力の行使は、執行の目的を達成するため必要且つ妥当な範囲内に限られ、公序良俗に反せず、社会的に相当と評価されるものでなければならないから、建物内への強行侵入や施錠の破壊等の措置は、鍵の提供を受ける見込がない等鍵を容易に入手できる可能性が少く、鍵の提供を待っていたのでは捜索差押に対し妨害行為が行われる蓋然性が高い等捜索差押の目的を期しえないと予想される場合に始めて許されるべきものである。

しかるに、被告松本が呈示した前項記載の令状の捜索場所は、原告会社建物一階工場、事務所及び二階食堂、居室並びに付属建物等数か所に分れていたところ、同被告が、右数か所の捜索を同時に実施することとしたうえ、立会人として二名まで認めそれ以外の者は屋外に退去するよう求めたため、鈴木らは、立会人二名では不十分であると考え、各捜索場所毎に立会人を付けるように要求し、又、従業員各居室についても捜索差押がなされるものと判断し、各居室についての令状の呈示や各居室居住者の立会を求め、更には、捜査員の中に東京警視庁所属の私服警察官数名がいることが判明したため、右警察官はどのような資格で本件捜索に従事するのかを問い質す等したが、同被告は右の要求、質問に応じようとしなかった。このような状況の下で、鈴木らが、立会人を定めない間に警察官が乱入し、原告会社の目の届かない所で違法な捜索差押が行われる虞があると判断し、前記のとおり全令状の呈示や立会人の確定等について同被告と正当な交渉を続けていたにも拘らず、本件捜索差押の執行に参加していた機動隊員が、右交渉の結果を待たずに突如原告会社敷地内に乱入し、鈴木らが鍵を示して右交渉により立会人の確定等がなされれば自ら開門する旨申し出ていたのに、これを無視してやにわに表門の錠をカッターで切断開門し、捜査員を敷地内に導入したのは違法である。

(ハ) 警察官は、捜索差押の実施中出入禁止、退去等の強制力を行使する権限を有しているとはいうものの、現に捜索差押の執行場所にいる者、特に、その場所に居住したり就業するなどして自己の所有或は管理に係る物が差し押えられる可能性のある場合、それらの者を退去させうるのは、右の者が捜索、差押に対する妨害行為を行う蓋然性が高い場合に限られるというべきである。

ところが、前項記載のとおり、施錠を切断して原告会社敷地内に乱入した警察官が、鈴木のほか数名を除いて従業員を敷地外に排除したため、原告会社の建物や表門付近は混乱し喧騒状態を惹起するに至ったが、右従業員は捜索差押を拒絶したり妨害する等の態度をとったわけではないから、立会人でもある右従業員を退去させたことは違法である。

(ニ) 捜索差押に関し、差し押える物の明示を要求し、各別の令状によることを義務付けている憲法三五条の趣旨は、捜査機関から差押に関する自由裁量の余地を奪い、特定の被疑事件について捜査機関に与えることのできる差押の権限の範囲を明確にし、国民の財産権、プライバシー、思想・信条・結社の自由等の基本的人権を擁護することを目的とするものであるから、捜索差押令状の執行に当る捜査機関は、右の令状主義の趣旨を理解し、差押物と被疑事実との具体的関連性に意を用い、いやしくも差押権限を逸脱濫用することのないよう十分注意を払うことが要求され、差押の現場においてその関連性の判断が困難だからといって一応差し押えるというようなことは許されない。特に、被疑者、被告人以外の第三者の住居等を捜索し、その所有物ないし保管物を差し押える場合には、被疑事実との法的関連性が一層明白かつ具体的であると認められる物に限り差し押えることができるにすぎない。又、仮に何らかの法的関連性が認められる物であったとしても、被差押者が差押によって被る不利益、差押物の証拠としての重要性等に照し、差押の必要性が弱い場合にも差し押えることは許されない。

そうすると、差し押えるべき物の特定のため「本件に関係ある」という限定が付されている本件各令状により差し押えることができるのは、犯行の用に供した物等本件被疑事件と関連があると認められ、且つ本件被疑事件の捜査上必要欠くべからざる物というべきところ、別紙三押収品目録記載の各差押物件はいずれも右のような趣旨での法的関連性も差押の必要性も認められず、特に、原告二宮ら従業員の印刷技術その他に関する学習ノート及び印刷技術の検討のため保存していたビラないし新聞並びに原告会社の業務の記録ないし税務資料として保存していたビラ及び業務運営に関する日誌類等はいずれも本件被疑事件と関連性がないことが明らかである。

又、本件捜索差押の僅か三日後である三月二八日には、被告松本が本件差押物件の大部分を原告らに還付しているが、このことは、本件被疑事件若しくは被疑者と右差押物件との間に法的関連性も差押の必要性もないことが明白であることを物語っているばかりではなく、同被告自らこの点を認識していたことが窺われる。

更に、本件差押物件中機関紙(誌)、ビラ等については、重複して同一種類の物を差し押えたものがあり、右重複差押は差押の現場において容易に判断しえたにも拘らず、被告松本らが十分検討することなく安易に重複差押をしたものであって、本件差押はその点でも違法である。

3(1) 埼玉県警察本部警備課長である被告福島清治と同本部警備部公安第一課長の被告小島豊は、前記捜索差押の終了後である同日午前一〇時頃埼玉県警察本部内の記者クラブにおいて記者会見を行い、新聞、ラジオ、テレビ等の記者多数に対し、(イ)原告会社建物が、革マル派の秘密アジトであって、東京都渋谷区本町一丁目三番一一号協和初台ビル八階の同派拠点「解放社」が事実上原告会社に移転したと思われること、(ロ)原告会社が本件被疑事件の出撃拠点である疑が濃厚であること、(ハ)原告会社の建物は、要塞化していて兇器類が多数隠匿されている疑が濃厚であること、(ニ)右各事実に基づき本件被疑事件につき原告会社に対し捜索を行ったこと、(ホ)原告会社の設立経緯、役員名、資産状況、原告会社建物の構造等に関する事実をそれぞれ公表した。

その結果、朝日新聞が、同日付夕刊三面トップにおいて、「中核派書記長殺し」「革マル派の秘密アジト」「犯行の根拠地か」等の見出しの下に、本件捜索差押の経緯とともに右公表内容を埼玉県警本件被疑事件捜査本部見解として掲載報道したほか、各社新聞、ラジオ、テレビ等で同様の報道がなされた。

なお、朝日新聞の右記事には「県警の調べでは」と明記されており、その内容も報道機関独自の取材活動によっては到底知りえないものであること、或は少くも、本件捜索差押の当日原告会社の存在を始めて知った報道機関がその後夕刊の発行までに右記事内容に関する調査を終了することは不可能であること、更に、本件捜索差押に当り、事前にその執行を通報したり、約二〇〇名もの多数の警察官を動員していること等から窺われる捜査機関側の原告会社に対する認識等を考慮すれば、被告小島らは、本件記者会見において右朝日新聞記事に掲載されたとおりの事実を公表したことが明らかである。

(2) 刑事訴訟規則九三条は、押収及び捜索について、秘密を保ち、且つ処分を受ける者の名誉を害しないように注意しなければならないと規定し、更に、刑事訴訟法一九六条は、職務上捜査に関係ある者に対し、被疑者その他の者の名誉を害しないように注意すべきことを義務付けているが、とりわけ、捜索差押を受ける者が被疑者以外の第三者に当る場合には、一層慎重な配慮が要請されるべきである。従って、捜査機関が捜査の結果等について報道機関に見解を発表するに当っては、いやしくも虚偽の事実や予断、偏見に基づく一方的な推測的見解を公表し、被疑者や第三者の名誉を侵害し、業務を妨害する等してはならないことはいうまでもない。

被告小島らは、原告会社の受注物の一部に革マル派の機関紙「解放」等の印刷が含まれており、そのため同派機関紙の編集者らが原告会社に出入していることを奇貨として、本件記者会見において前記のとおりの虚偽の事実ないし見解を公表し、もって、原告会社の社会的信用を失墜させ、原告会社に「解放」等の印刷受注を断念させようと意図したものであって、同被告らの本件記者会見における発表は、原告会社に対する名誉毀損罪、偽計による業務妨害罪を構成する違法な行為である。

(二)  被告らの責任

1 被告松本、本件捜索差押を実施した警察官、被告福島及び同小島は、いずれも被告埼玉県(以下被告県という。)の公権力の行使に当る公務員で、その職務の執行につき前請求原因(一)、1ないし3記載の各違法行為を行い、故意又は過失により原告らに対し次の如き損害を加えたものであるから、被告県は、原告らに対し国家賠償法一条一項により、右各損害を賠償すべきである。

2 被告松本、同福島及び同小島は、故意又は重過失により、それぞれ前請求原因(一)、2及び3記載の各違法行為を行ったのであるから、民法七〇九条により、これによって損害を被った原告らに対し、その損害を賠償すべき義務がある。

3 川口簡易裁判所裁判官は、被告国の公権力の行使に当る公務員で、その職務の執行につき、故意又は過失により前請求原因(一)、1記載の違法行為を行ったのであるから、被告国は、原告会社に対し国家賠償法一条一項により、これによって生じた損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 前請求原因(一)、1記載のとおり、被告松本が本件各令状を請求し、川口簡易裁判所裁判官が本件各令状を発付したことにより、原告会社は正当な理由なく本件被疑事件につき捜索を受け、その結果、原告会社の住居の平穏が害されたばかりか、原告会社が恰も本件被疑事件と関係があるかのような印象を社会に与え、原告会社の社会的信用の失墜と今後の営業活動に対する測り知れない損害をもたらしたものであって、原告会社の右各損害を填補するに足りる賠償額は金二〇〇万円をもって相当とする。

2 請求原因(一)、2記載の本件捜索により、原告会社は、錠を破壊されてその財産権を侵害され、又、不当な捜索を強行され、社会的に疑惑の目をもって眺められる等の損害を被り、更に、本件差押により、原告会社は別紙三押収品目録第一記載の物件、原告二宮は同第二記載の物件に対する所有権を侵害されるとともに、その社会的活動や思想行動の内容を捜査機関に知られ、プライバシーないし思想・良心・行動の自由等を侵害されたが、右各損害を填補するに足る賠償額は少くとも原告会社につき金五〇万円、原告二宮につき金三〇万円を下ることはない。

3 前請求原因(一)、3記載のとおり、被告小島らの本件記者会見における発表により、原告会社は、その名誉を毀損され社会的信用を著しく失墜し、このため創立半年にして漸く軌道に乗り出した脆弱な経営基盤を揺がせるに至り、更に、原告会社の実態等を公表されたことによりプライバシーを侵害されたが、右各損害を回復するには、別紙一謝罪広告の掲載に加えて、最低金二〇〇万円の賠償を受ける必要がある。

4 原告らは、原告ら各訴訟代理人に本件訴の提起とその追行を委任し、着手金として日本弁護士連合会報酬基準所定の範囲内で右各損害賠償請求額の一割を支払う旨を約した。

(四)  よって、原告らは、被告らに対し各自請求の趣旨(一)、1及び(二)ないし(四)記載の各損害金とこれらに対する本件不法行為の日である昭和五〇年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求めるとともに、原告会社は、被告県に対し、請求の趣旨(一)、2記載の謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(一)  請求原因(一)について

1 同(一)、1について(被告県、同国)

(1) 同(一)、1、(1)の事実を認める。

(2) 同(一)、1、(2)は争う。

刑事訴訟法二一八条一項によれば、司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により捜索差押をすることができるのであるから、その必要性の有無は捜査機関の裁量に委ねられており、その裁量による判断が客観的にみて相当性、合理性を欠くことのない限り違法性はないものというべきである。

ところで、本件被疑事件は、原告ら主張のとおり、昭和五〇年三月一四日中核派書記長本多延嘉が殺害されたというものであって、その犯人は一般的に革マル派所属員であると思われているところ、被告松本は、捜査内偵により判明した次の諸状況を総合検討した結果、本件各令状の請求、実施につき相当性、合理性があると判断してしたのである。すなわち、(イ)原告会社及びその役員、従業員と革マル派との関係については、(あ)原告会社は昭和四九年八月一三日その設立登記を経たものであり、登記された三名の役員のうち、取締役兼工場長鈴木啓一が元革マル派書記長、取締役根本仁(別名土門肇)が同派政治組織局員であること、(い)右根本は、本件被疑事件の犯行当日革マル派を代表して毎日新聞の記者と会見し、右事件が革マル派所属員の犯行によるものであることを発表していること、(う)原告会社の従業員中には、革マル派の敢行した暴力事件の逮捕歴を有する者がいるほか、原告会社には革マル派の幹部や同派の敢行した事件による逮捕歴を有する者等が出入りし、それらの者は原告会社への出入りに際し出入口付近で常に前後を警戒し、他方、原告会社においても人の出入りを厳重にチェックしていたこと、(え)原告会社の建物は、出入口に高さ約二・五メートルの頑強な鉄製扉、周囲に四段の有刺鉄線を張回らした高いブロック塀、屋上に約三・三平方メートルの総硝子張の見張小屋がそれぞれ設けられているほか、建物の周辺約一〇〇メートルの距離を照らす照明灯が五個位、望遠カメラ、非常梯子、拡声器、サイレン等が取付けられ、常時監視人が双眼鏡で周囲を監視する等厳重な警戒態勢が敷かれていること、(お)革マル派は、従来同派機関紙「解放」等の印刷をしていたホヲトク印刷、秋田印刷が中核派の襲撃を受けてその印刷を中止したため、原告会社設立の当時、適当な印刷所を確保しておらず、一方、原告会社は、設立後間もない頃から、「解放」を始めとして革マル派の印刷物の印刷を一手に引き受け、同派以外からさしたる受注も受けていなかったことに加え、前記のような通常の印刷会社では到底行われる筈のない多額の防御設備に関する投資等を考慮すると、原告会社が、革マル派の幹部により、採算を度外視して同派の印刷物を印刷することを目的として設立され、同派と密接不可分の関係で運営されているものと認められること、更に、(ロ)原告会社と本件被疑事件との関係については、前記のような革マル派と原告会社ないしその関係者の密接な関係に加え、(あ)原告会社で印刷された「解放」第三五八号には、本件被疑事件発生直後で未だ犯人も検挙されていない時期に、犯人でなければ知り得ない筈の生々しい犯行状況が極めて具体的且つ詳細に記載されていること、(い)「解放」第三五七号の一面トップには、「解放」の発行人である難波力が中核派所属員により謀殺されたものとし、これに対する報復を呼び掛ける記事が掲載されると同時に、その六面には、中核派書記長本多延嘉の似顔絵が逆さまに書かれ、その上から大きく×印が付されていて、「元中核派書記長本多延嘉氏」と紹介し、もって同人が殺害されたことを公示するような図が掲載されていたが、「解放」が週刊であって、右第三五七号が本件被疑事件発生の三日後である三月一七日に発行されていること等から考えると、第三五七号の右記事の原稿は、本件被疑事件発生前に既に原告会社に届けられていた可能性があること、(う)本件捜索差押前に革マル派の拠点ともいうべき解放社及び創元社の捜索差押が行われたが、所期の目的を達しうる十分な証拠を発見できず、他方、原告会社の存在ないし実態は本件被疑事件発生当時必ずしも公然化しておらず、しかも、原告会社と本件被疑事件の犯行現場との間は、約八ないし九キロメートルで車で二〇分前後の距離であること等、捜査により判明した諸事実を総合考察すると、原告会社内に、本件被疑事件ないし被疑者と直接、具体的に結び付きうる重要な証拠が存在する可能性が極めて高く、被捜索差押者の不利益の程度を慎重に考慮しても、本件被疑事件の重大性に鑑みれば、なお強制力をもって本件被疑事件の全貌を解明する必要があるから、その裏付となる証拠を得るため本件各令状を請求したものであって、何ら違法なものではない。

次いで、本件各令状の請求を受けた川口簡易裁判所裁判官は、その請求者から提供された刑事訴訟規則一五六条所定の資料につき慎重に検討した結果、令状請求の要件を充たしていると認めて本件各令状を発付したものである。

2 同(一)、2について(被告県、同松本)

(1) 同(一)、2、(1)の事実を認める。

(2) 同(一)、2、(2)は全て争う。

(イ) 本件捜索差押の開始に先立ち、本件各令状全てが関係人に対し適法に呈示された。すなわち、

被告松本を責任者とする捜査員が、本件捜索差押当日の午前五時五五分頃原告会社表門前に到着したところ、原告会社側から施錠された鉄製扉の内側に五、六名が現われ、漸次増加して三〇数名が同所付近に参集し、そのうち鈴木、寺崎の両名が令状の呈示を求めたので、右被告が、先ず、本件令状六通のうち原告会社建物二階従業員宿舎の各居室を除くその余の部分を捜索場所とする一通を右鉄扉越しに呈示し、右各居室を捜索場所とするその余の本件令状五通については、次項記載の経過により、その後、捜査員が右各居室の捜索差押を開始する際、各居室毎にそれぞれ被処分者に対し呈示したものであるが、更に、右各居室の捜索差押開始後、鈴木、寺崎両名の要望により、同人らに対しても右各居室の令状を示している。

ところで、令状は処分を受ける者に呈示しなければならない(刑事訴訟法二二二条一項、一一〇条)とされているところ、右各居室にはガス台付流し、トイレ、押入等が設けられ、出入口も施錠できるようになっており、更に、室内には冷蔵庫、食器棚、タンス類、テレビ、電話器その他のものが持込まれていて各従業員が部屋割の固定した状態で住込んでいたものであるから、右各居室に実際に居住している者こそ処分を受ける者に該当し、右各居室を捜索場所とする令状は、各居室において居住者であることが確認された者に対し呈示すべきであって、表門前において各居室の居住者でもない鈴木、寺崎らに呈示する必要はない。しかも、被告松本らは、右表門前において、鈴木、寺崎らに対し、右各居室を含む原告会社建物、敷地の全部を捜索すること、表門前で呈示した令状は各居室を除いた場所に対するものであるが、各居室についての令状は各居住者に呈示すること等を説明し、同人らもこのことを確認しているのであるから、それ以上に、被処分者でもない同人らが各居室についての令状の呈示を求め、それが容れられなければ開門に応じないという態度を取るべき理由はない。

(ロ) 令状の執行に際しては、これに対する妨害行為を排除し、必要な処分をすることができる(刑事訴訟法二二二条一項、一一一条)とされているところ、本件捜索差押における原告会社敷地内への立ち入り及び施錠の破壊は、原告会社による鍵の提供を待っていたのでは捜索差押の目的を達しえないためやむなく行われた処分であって適法である。

前項記載のとおり、被告松本が表門前で鈴木、寺崎らに令状を呈示した後にも、同人らは、同被告に対し、「令状の内容が判らない、もう一度確認させよ。」「捜査員が多すぎる、数を制限せよ。」「事件には関係がない、捜索理由を明らかにせよ。」「捜査員の中に本庁の者がいる。」「各居室の令状もここで呈示せよ、全部令状を見せなければ開門しない。」「従業員全員を捜索に立ち会わせよ。鈴木、寺崎の両名を全ての捜索に立ち会わせよ。」等一方的且つ不当な抗議ないし要求を次々に行い、それらが容れられないときは開門に応じないとの態度を示し、又、その周辺にいた多数の従業員も、鈴木らに呼応し一団となって同被告らに対し、大声で罵詈雑言を浴びせかけ、妨害的態度を顕にしていた。これに対して、同被告らは、鈴木、寺崎らに対し、被疑事件の内容、差し押えるべき物、捜索場所等を説明し、各居室の令状については、各担当捜査員が各居室において居住者に呈示し、途中鈴木、寺崎らにも確認させること及び捜索差押の立会人については相当数の立会人を必ず付けることを確約する等して、速やかに開門するよう説得を続け、直ちに捜索を開始したい旨再三申し入れ、次いで、何時までも開門しないときには表門の施錠を破壊する旨警告したにも拘らず、鈴木らはこれに応ぜず前記の如き抗議ないし要求を繰り返すばかりで、本件各令状の執行を遅延させる時間稼ぎとしか考えようのない状況であったため、これ以上右の状態が継続し捜索差押の着手が遅延するときは、証拠隠滅等の行為が行われる虞があったので、前同日午前六時一一分頃機動隊員岡田昭夫らが塀に梯子を掛けて原告会社敷地内に立ち入り、更に、右岡田外二名が、表門付近に赴き、鈴木らに対し重ねて開門するように説得し、且つ開門に応じなければ施錠を破壊する旨警告したが、同人らがなおも妨害的態度を続けたため、午前六時一四分頃右岡田らがカッターで表門施錠を破壊したものである。なお、施錠破壊の方法も、錠の吊輪部分を切断したにすぎず、錠のみを取替えるだけで表門自体の使用に支障がなく、その取替に多額の費用を要することはない。

(ハ) 本件捜索差押に際しては、立会人として、従業員宿舎各居室につき一ないし二名宛、その余の捜索場所につき三ないし四名が立ち会っただけでなく、鈴木、寺崎の両名が、各居室を含めた捜索場所全部を巡回し、本件各令状及びその執行状況等を確認したものであるから、右立会人以外の従業員を原告会社敷地外に排除した行為は適法である。

そもそも令状の執行中には、立会人以外の者が許可なく執行場所に出入することは許されず、これに従わない者を直ちに退去させることができる(刑事訴訟法二二二条一項、一一二条)ところ、鈴木ほか従業員は、前記開門後においても、抗議行動を続け捜査員が屋内に立ち入るのを妨害したうえ、一団となって前記のような妨害的態度を続け、敷地外に退去せよとの捜査員の指示説得にも応ずる気配がなく、喧騒を極め平穏な状態を期し難い状況であったから、やむなく鈴木ほか数名を除く令状執行に関係のない従業員を、本件捜索差押終了まで原告会社敷地外に退去させたにすぎず、右のように妨害行為を反覆継続している者を排除することは、迅速且つ円滑な令状の執行を確保するため当然許されるべきである。

(ニ) 本件差押を執行した捜査員の差押物件と本件被疑事件との関連性及び差押の必要性についての判断は、客観的にみて合理性、相当性を欠くものではないから、本件差押に違法はない。

司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により証拠物と思料するものを差押えることができ(刑事訴訟法二一八条一項、二二二条、九九条一項)、証拠物と思料して押収すべきか否かの判断は、捜査機関である司法警察職員の判断に委ねられているのであって、その判断が客観的にみて著しく合理性、相当性を欠くものでない限り、国家賠償法一条所定の違法性は存しないものというべきところ、証拠物として差押の対象となしうるのは、犯罪の特別構成要件に該当する事実のみならず犯人の罪責の軽重その他量刑の資料となる事実に関するものも含むが、特に、本件捜索差押においては通常の殺人被疑事件と異なり被疑事件及び捜索場所につき次のような特質があった。すなわち、(あ)本件被疑事件は、前記のとおり中核派書記長本多延嘉が革マル派所属員によって殺害されたものであるが、右両派は、昭和四三年頃から思想、理念、闘争戦術等の差異に絡んで集団対集団の暴力抗争を反覆し、遂には、いわゆる内ゲバ殺人事件を頻発させ、或事件が発生するとその報復を目的とした別の新たな事件を誘発するという状態にあったから、本件被疑事件も、中核派との多年にわたる思想的、理念的対立抗争関係を動機縁由とする、革マル派による組織性、計画性の極めて強い集団犯罪と認められること、(い)原告会社の取締役で革マル派幹部である根本仁らが、前記のとおり犯行当日の記者会見において本件被疑事件が革マル派所属員によって敢行された旨発表していることから、右被疑事件につき極めて組織的、計画的に綿密な証拠隠滅工作が機敏に行われたことが窺われること、(う)本件捜索場所である原告会社は、前記のとおり、革マル派と密接不可分の関係にあり、しかもその存在ないし実態が本件捜索差押の当時必ずしも公然化していなかったこと等の事実があり、本件被疑事件の捜査上被疑事実の組織性、計画性、動機縁由ないし背景、背後関係及び共犯関係、証拠隠滅工作等を含めた事案の全貌を明確にするという観点から、被疑事件との関連性も、単純な単独犯行の場合に比べ或程度広範囲に認められて然るべきであって、この点は、本件各令状の差し押えるべき物に「本件に関係ある」という限定的記載が付されていたとしても変りがない。

そして、本件差押物件には、(あ)本件被疑事件の犯行の動機、原因を系統的に掲載記述したもの、(い)革マル派、中核派の党派、理論闘争に関することを掲載したもの、(う)武器、兇器の処分方法、対立セクトの行動に関する記載のあるもの、(え)場所の略図、車両番号、電話番号等を記載したもの等があり、いずれも後日他の証拠と対比照合して重要な証拠となる可能性のあるものであったが、原告らが特に問題とするノート、ビラないし新聞及び日誌類等についても、本件被疑事件に使用された可能性のある車両に関する記載、革マル派等に多用されている記号化された秘密メモの如き記載、思想ないしイデオロギーに関する記載等が含まれており、本件被疑事件の動機縁由、背景、背後関係、犯行前後の状況等を解明する手掛が得られる可能性があったものである。

以上の事実に加え、物の証拠価値の有無及び程度については、一般に、差押の時点で即座に確定した判断をなしえず、差押後の詳細な分析検討によって判断しうる場合が多く、従って又、捜査の進展につれ他の証拠資料と総合して検討することにより変動するという流動的要素を含んでいるから、差押の時点における物の外形のみによって被疑事件との実質的関連性がないと即断することはできないと同時に、仮に差押後の検討の結果差押物件と被疑事件の関連性がなかったことが判明したとしても、そのことから直ちに差押が違法であったことにはならない。殊に、本件捜索差押は、犯行後まだ間がなく、犯人についても革マル派所属員というだけで具体的には全く判明していない捜査の極く初期に行われたものであること等を考慮するなら、捜査員らが差押物件と被疑事件との関連性がないとはいえず、差押の必要性もあると判断してなした本件差押が、客観的にみて合理性、相当性を欠いているとは到底いえない。

それのみならず、本件捜索差押は原告会社従業員による激しい妨害の渦中において行われたものであるにも拘らず、捜査員は、押収品目録作成の時点までに立会人らに対し本件被疑事件との関連性等を説明し、一応の了解を得たうえで差し押えたものであること、更には、差押後の速やかな検討により、差押物件九二点中明らかに留置の必要がないと判明した六九点を本件差押の三日後には原告らに還付しており、右三日間の差押により原告らに格別の実害も発生したとは考えられないこと等の事実に照し、仮に本件各差押物件が被疑事件と関連がなかったとしても、本件差押に国家賠償法一条所定の違法があるとはいえない。

次に、本件差押物件中の機関紙(誌)、ビラ等に重複するものがあることは、原告らの主張するとおりであるが、右重複差押は、次のような事情により差押の現場でこれを発見することが不可能であったから、やむをえないものというべきであって違法ではない。

すなわち、本件捜索差押は、原告会社建物及び従業員宿舎の各居室等各捜索場所につき、それぞれ異なる令状に基づいて、短期間のうちに終了させるため多数の捜査員により併行して迅速になされ、且つ差押物件の数も多数に上ったばかりでなく、原告会社従業員が捜査員に対し暴言の限りを尽す等して本件捜索差押を著しく妨害し、特に、本件捜索差押の責任者である被告松本を補佐していた警部金子克美は、捜索差押の全体的な指導監督、連絡調整のため二階にある従業員宿舎各居室に行こうとしたところ従業員に阻止されて二階に上れず、各捜索場所相互間の連絡調整が全くできない状態であったから、捜査員が差押の現場において各令状毎の差押物件を比較対照しその重複を発見することは事実上不可能であった。そのため、差押後に全部の差押物件を点検照合したところ、差し押えた機関紙(誌)、ビラ等に重複が発見されたので、必要最少限度の物を保留し、その他の物は被差押者の利益を考慮して前記のとおり原告らに還付したものである。

3 同(一)、3について(被告県、同福島、同小島)

(1) 同(一)、3、(1)の事実のうち、被告福島、同小島がそれぞれ埼玉県警察本部警備課長、同本部警備部公安第一課長であったこと、同小島が原告会社主張の日時場所において朝日新聞その他の新聞社の記者と会見したことは認めるが、同福島が記者会見をしたこと、同小島が記者会見において原告会社主張のような内容の発表をし、その結果そのような新聞記事が掲載され報道されたとの事実を否認する。

本件記者会見においては、谷口警備部長が作成したメモに基づき、同部長及び被告小島が、先ず、本件捜索差押の場所、実施体制、指導者、開始終了時刻等のほか、本件被疑事件については事件発生後の革マル派の記者会見、同派機関紙「解放」三月二四日号の記事等により同派所属員の犯行と認められること、原告会社は、かなり重要な革マル派の幹部が出入りし、警戒が厳重であって、同派の印刷所である疑が非常に強いこと、従って、本件被疑事件の証拠物が原告会社に存在するものと判断し、本件捜索差押を執行したこと等を発表し、次いで、記者らの質問に対し、革マル派は、同派機関紙「解放」を以前秋田印刷で印刷していたようであるが、秋田印刷が昭和四九年一〇月頃中核派の襲撃を受けた後、「解放」の印刷所を移転し判明しなかったところ、本件被疑事件を契機に原告会社であることが判明したこと、原告会社が「解放」の印刷を専門にしているかどうかは捜索の結果を仔細に検討してみないと断定できないこと、革マル派と原告会社の関係については、同社が同派の印刷所である疑が非常に強く、少くとも相当の関係があると判断するが、現段階ではその程度しかいえないこと、犯行の前後の出入り等本件被疑事件に原告会社が使われたかどうか現段階では何ともいえないこと、原告会社の役員及び土地、建物につきそれぞれ商業登記簿謄本、不動産登記簿謄本の記載状況等を答え、更に、右発表の約一時間後、本件差押物件につき「解放」以下何種何点という概括的な発表をしたものであって、被告小島らによる本件記者会見の発表内容ないし趣旨は、以上のとおり捜査機関の見解を発表したものにすぎず、原告会社自体の具体的行動の存否適否に関するものではないから、同社の社会的評価ないし名誉を毀損したり業務を妨害するようなものではない。

なお、原告会社主張の朝日新聞記事に「県警の調べでは」と記載されていたとしても、各報道機関は、本件被疑事件発生後これに関心を抱いて報道し、その後も独自の取材活動を続け、本件捜索差押の現場にも多数の記者が来て直接原告会社建物の状況を見分する等独自に調査していたのであるから、その自主的取材に基づき見出を選定するなり記事を掲載することは可能であり、しかも、報道機関がその自主的な調査内容を記事にする場合であっても、「県警の調べでは」等の文言を加え捜査当局がかくみているとして掲載し、記事の権威付けを図ることが往々にして行われていることを考慮すれば、右新聞記事が直ちに本件記者会見において被告小島らの発表に基づくものということはできない。特に、朝日新聞社は、本件捜索差押の取材に当り原告会社の上空にヘリコプターまで飛ばした程であるから、本件被疑事件につき相当進んだ調査を行っていた筈であり、本件捜索差押当日前に原告会社の存在をつかんでいたことが窺われ、仮にそうでないとしても、本件捜索差押により原告会社の存在を知った以後夕刊発行までに調査することが十分可能であったから、その自主的な調査結果に基づき記事を掲載したものと考えられ、同社の記事がすべて警察情報に基づくものということはできない。かえって、被告小島らが、犯人も未検挙である捜査の極く初期の、しかも本件捜索差押の結果も判明していなかった段階において、原告会社が革マル派の秘密アジトであり、犯行の出撃拠点である疑が濃厚であるとか、兇器類が多数隠匿されている疑いが濃厚であると発表したり、又、本件捜索差押の数日前に解放社の捜索差押を行った捜査当局としては、解放社が原告会社に移転したというような認識を有していなかったのであるから、解放社が原告会社に事実上移転した等の事実を発表する筈もない。

(2) 同(一)、3、(2)は争う。

本件被疑事件は、重大且つ社会公共の利害に関する犯罪であって、捜査機関が報道機関に対し或る程度の発表をすることは当然であって、被告小島らによる本件記者会見は前記のとおり公共性の強い事案について捜査機関の見解を発表したものにすぎず、違法ではない。

(二)  同(二)について

1 同(二)、1について(被告県)

被告松本、本件捜索差押を執行した警察官、被告福島及び同小島が被告県の公権力の行使に当る公務員であること、請求原因(一)記載の同人ら(但、被告福島を除く)の各行為が職務の執行としてなされたことを認め、その余は争う。

2 同(二)、(2)について(被告松本、同福島、同小島)

争う。

なお、公権力の行使に当る公務員の職務行為に基づく損害については、職務の執行に当った公務員が個人としてその賠償の責に任ずることはない。

3 同(二)、3について(被告国)

川口簡易裁判所裁判官が被告国の公権力の行使に当る公務員であること、請求原因(一)、1記載の同裁判官の行為が職務の執行としてなされたことは認め、その余は争う。

(三)  同(三)について

1 同(三)、1ないし4について(被告県)

争う。

2 同(三)、1及び4について(被告国)

同(三)、1を争い、4は知らない。

3 同(三)、2及び4について(被告松本)

争う。

4 同(三)、3及び4について(被告福島、同小島)

争う。

三  被告らの主張に対する原告らの反論

被告らの主張する事実のうち、本件被疑事件の犯人が革マル派に属する者と思われており、右事件が殺人事件であること、原告会社は昭和四九年八月一三日設立登記を終たものであり、取締役兼工場長鈴木啓一がもと革マル派書記長、取締役根本仁が同派政治組織局員であること、原告会社が革マル派機関紙「解放」を印刷していること、原告会社の建物は出入口に高さ約二・五メートルの鉄製扉が存し、周囲はブロック塀に囲まれその上方に四段の有刺鉄線が張られており、屋上に約三・三平方メートルの総硝子張りの小屋が設けられているほか、五箇所に照明灯が設置されていること及び革マル派関係者(「解放」の編集関係者ら)が原告会社に出入りしている事実を認める。

原告会社の実質的責任者である工場長鈴木啓一は、原告会社設立の遙か以前に革マル派書記長を辞任しているばかりでなく、仮に原告会社役員及び従業員中に革マル派関係者がいたとしても、たまたま個人としてそのような地位にあるにすぎないし、又同派が原告会社に機関紙等の印刷を依頼している以上、同派関係者が原稿持参、編集、校正、搬出のため原告会社に瀕繁に出入りするのは当然であって、右のような事情をもって原告会社と同派が組織的に関係があると断定することは不当である。更に、原告会社は、望遠カメラを除き被告ら主張の各設備を備えてはいるが、これは、革マル派が従来機関紙の印刷を依頼していたホヲトク印刷、秋田印刷等が、何者かによって襲撃され、機器等を破壊されるという事件があったため、そのような事態を未然に防止し、会社財産及び従業員その他原告会社に出入する者の生命身体の安全を図るべく、革マル派の要請も入れて、右設備を設け、不審者の立入りをチェックする等の警戒態勢をとっていたものであり、右設備は通常の会社の同種設備に比し特に異常視されるものでないだけでなく、原告会社は、社内に「解放」編集関係者が居た場合に、その者の申出に応じて、周辺の観望のため屋上の小屋の使用を認めていたにすぎず、従って、常時特に厳重な警戒態勢をとっていたものではないから、右の事情をもって原告会社と革マル派との関係が深いということにはならない。

第三証拠《省略》

理由

(被告国及び同県に対する請求について)

第一本件各令状の請求、発付について

一  請求原因(一)、1、(1)記載の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件各令状の請求、発付の適法性を争うので、先ず、この点につき判断する。

(一) 《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1 昭和五〇年三月一四日午前三時三〇分頃、埼玉県川口市戸塚のアパート戸塚荘において氏名不詳の者が何者かによって殺害されるという事件(本件被疑事件)が発生し、埼玉県警察川口警察署は、同日午前六時過ぎ頃報道機関からの右事件の発生確認の照会や右アパート居住者からの通報を受けて、本件被疑事件を認知し、直ちに同署内に捜査本部を設置して捜査を開始した。

2 事件発生直後の現場付近の捜索により、犯行に使用されたと思料される斧二丁、鉈一丁、鉄パイプ二本等の兇器が発見され、目撃者の話から襲撃した者はヘルメットを着用した一二、三人のグループであること及び身許確認により、被害者が中核派書記長本多延嘉であること等が判明し、更に、事件発生当日の夕方、革マル派政治組織局員土門肇こと根本仁と革マル全学連委員長前川健の両名が東京都渋谷区内の解放社において記者会見し、本件被疑事件が革マル派による犯行である旨発表したが、革マル派と中核派とは、予ねてから革命理論や闘争戦術等の相違を有し、昭和四三年頃からこれを原因とする対立が激化して集団的暴力抗争にまで発展し、更に同四九、五〇年頃にはそれぞれの党派所属員に対するテロ事件を相互に繰り返す事態にまで至っていたところから、本件被疑事件は革マル、中核両派の暴力的対立抗争の一環として周到な計画のもとに多数人によって組織的に敢行された、いわゆる内ゲバ殺人事件と認められるものであった。そこで、同署捜査本部は、事件発生当日の午後七時五〇分頃革マル派事務所である前記解放社に対し、次いで同月一八日東京都目黒区内の革マル全学連書記局創造社に対しそれぞれ捜索差押許可状を得てその執行をしたが、本件被疑事件の具体的態様の確定や被疑者の特定等事件解決に有力な証拠を発見するには至らなかった。

3 一方、同月一七日付革マル派機関紙「解放」第三五七号の第一面には「解放」発行人難波力こと堀内利昭が同月六日に中核派に虐殺されたとしてその報復を呼び掛ける記事が掲載されるとともに、その第六面に掲載された本件被疑事件の被害者本多延嘉や中核派の清水丈夫など五名の顔を描いた漫画には、右本多の顔だけが逆さに書かれ上から×(バツ)印を付して抹消し、そのうえに「元中核派書記長」の肩書を付しており、右、「解放」が毎週月曜日発行の週刊誌であることを考慮すると、右記事の原稿が本件被疑事件の発生前印刷に付され、当時既に本件被疑事件の発生が確定視されていたと解された。そこで、同署捜査本部は、本件犯行の計画性を示すものとして右記事に注目し「解放」の印刷についての捜査の結果、その印刷はもと都内のホヲトク印刷でなされていたが、その後都内の秋田印刷に変り、昭和四九年一〇月頃右秋田印刷が中核派に襲撃された後、肩書地所在の原告会社においてこれを印刷するに至ったことが判明したので、聞込、張込等により原告会社に対する内偵捜査を開始した。その結果、原告会社は昭和四九年八月一三日印刷等を目的として設立登記を経たものであるが、その後間もなく「解放」等革マル派関係の印刷物を印刷していること、同社の取締役三名のうちには、元革マル派書記長である鈴木啓一や前示革マル派政治組織局員根本仁が含まれていること、同社従業員や同社に出入りする者のうち革マル派の関与した刑事事件に関連して検挙された前歴を有する者その他革マル派関係者が含まれていること、同社には二棟の建物が存したが、右各建物は、上方に四段の有刺鉄線を張ったブロック塀で囲まれており、更に表門には高さ二・五メートルの鉄製門扉が存し、西側の印刷所には右門から玄関までの扉が三重、その二階宿舎の窓には鉄格子がはめられ、屋上に設けた約三・三平方メートル総硝子張の見張り小屋等のほか、強力な投光器五個、拡声機、サイレン、非常梯子、望遠カメラ等が設えられ、又、同所には革マル派関係者が出入りしており、その者の態度も極めて警戒的であったばかりでなく、原告会社においても人の出入りを厳重にチェックしており、全体として同社が中核派その他からの襲撃を予想してのことか、堅固な防御設備と厳重な防御態勢をとっていると認められたこと、被疑者は本件被疑事件を敢行するに際し自動車を使用したものと考えられたが、同社の所在地は本件被疑事件の犯行現場から八ないし一〇キロメートル隔たった位置にあって自動車で二〇分程度の距離にすぎないこと、更に、昭和五〇年三月二四日付「解放」第三五八号の第一、第二面にわたって前記難波力殺害の報復として革マル派所属員が本件被疑事件を敢行したこと、とくに、右「解放」には、「三月一四日午前三時二〇分わが革命的戦士は、被害者の住んでいる川口市戸塚の戸塚荘アパートを音もなく包囲した。同三時二二分突入の合図が出た。一瞬のうちにドアから台所の窓からわが戦士は室内に乱入し殺倒する。わが機関紙「解放」を寝床の中で読んでいた被害者が慌てふためいて寝床から這い出し『人殺し…助けてくれ…』など聞くにたえない悲鳴を上げた。薄暗い四畳半にパンツ一枚のまま殺害された。」などと、右の犯行の具体的態様及び捜査機関の犯行現場到着は三時間後であったことの記事が掲載されたが、右の記載部分は捜査の結果判明した状況と符合し、犯人など現場に居合わせた者でなければ知り得ない事実であった。

4 同署捜査本部は、同月二四日の捜査会議において、以上の捜査結果に基づき本件被疑事件について原告会社に対する捜索差押の執行を決定し、本件被疑事件の捜査主任官である被告松本が川口簡易裁判所裁判官に対し前記のような捜査結果を証する捜査報告書、捜査関係事項照会回答書、「解放」等の資料を添付して捜索差押許可状六通の発付を請求した。なお、捜査によって原告会社の敷地内に存する二棟の建物のうち、西側の建物の二階は従業員の宿舎として利用されている居室五室があることが判明していたので、右請求に際しては、従業員が使用する各居室五室と原告会社が直接使用する右各居室以外の建物部分(但し、前示見張小屋を除く。)及び敷地の六か所の捜索場所とに区分し、それぞれを図面に表示したうえ、右各捜索場所毎に別紙二記載の差し押えるべき物を記載した。右請求を受けた川口簡易裁判所裁判官は、同日、右各添付資料を検討し、請求を理由あるものと認めて本件令状六通を発付した。

以上の事実を認めることができる。他に右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

(二) 先ず、原告らは、差し押えるべき物が存在することを認めるに足りる状況、資料がないにも拘らず、本件各令状が請求、発付された旨主張するので、この点から検討する。

以上に認定した事実によれば、原告会社の取締役兼工場長鈴木啓一が元革マル派書記長、取締役根本仁が革マル派政治組織局員であるほか、その従業員の中にも革マル派と係わりの深い者がおり、殊に右根本は、本件被疑事件が発生当日右犯行が革マル派による犯行であることを発表しており、また、原告会社は、革マル派の機関紙「解放」を印刷していたホヲトク印刷秋田印刷が中核派の襲撃を受けてその印刷を止めた後、右「解放」の印刷を始めたが、原告会社の印刷した「解放」の記事には、本件被疑事件発生前既に右事件の発生を確定的なものとして印刷に付したと思われるものがあり、更に犯人などその場に居合わせた者でなければ知り得ない犯行の具体的態様を記事にしたものがあったというのであるから、原告らの主張するように、原告会社が革マル派経営の印刷所ないしその機関でないとしても、原告会社が革マル派と極めて緊密な関係にあったことに疑いを容れる余地はなく、これに加えて、原告会社は、中核派の襲撃を恐れてのことであったとしても、その建物につき異常ともいえる程堅固な防御設備、厳重な防御態勢をとっていたこと、本件被疑事件は革マル派所属員が難波力こと堀内利昭殺害の報復として敢行したとみられること及び原告会社と本件被疑事件の犯行場所までの距離など前叙認定事実を総合して勘案すると、原告会社の前記建物及びその敷地内に、本件被疑事件の犯人と直接、具体的に結びつき得る重要な証拠が存する可能性が極めて高いこと、換言すれば、別紙二記載の物件が原告会社の建物、敷地内に存在することを認めるに足りる状況があるということができる。従って、被告松本が、右被疑事件を解明するに必要な証拠を得るため、以上の事実を証する捜査報告書等の資料を添えてした本件各令状の請求は客観的にも相当性、合理性を具備した適法なものであって、原告らの主張するように、被告松本の原告会社に対する予断若しくは不当な意図による見込捜査に基づく違法なものとは認められない。

また、右の請求を受けた川口簡易裁判所裁判官が、右資料を検討して本件各令状を発付した点に非違もない。

もっとも、前示のとおり、原告会社が印刷等を目的として設立登記を経由した営利法人であること及び証人鈴木啓一の証言によって認められる、原告会社が労働基準法所定の各種届出を所轄官庁に提出し、労働者災害補償保険法や雇用保険法による保険料を納付している事実によれば、原告会社は、事業体としての通常の形態を具えて営利活動をしているということができるし、また、右証言によれば、原告会社の設立から革マル派の印刷物の印刷を開始するまで約二か月程の間隔があった事実を認めることができるけれども、これらの事実は、以上の認定判断を動かすに足りず、他にこれを左右するに足りる証拠も存しない。

(三) 次に、原告らは、別紙二記載の差し押えるべき物についての捜索差押は被疑者自身を被処分者とする令状によってのみ許されるにすぎない旨主張し、なるほど、右差し押えるべき物の中には、本件犯行に使用した兇器類や犯人の着用した衣類等その他本件被疑事件と密接に関連する物件が含まれていることは、前叙認定のとおりであるが、右の兇器類、犯人の衣類等被疑事件に密接に関連する物件も、常に必ず犯人自身が所持保管するものとは限らないから、捜索差押については、当該差し押えるべき物が捜索場所に存在することを認めるに足りる状況があれば足りると解すべきところ、本件において、別紙二記載の差し押えるべき物の存在を認めるに足りる状況の存することは、既に判示したとおりであるから、右主張は失当である。

(四) 次に、原告らは、別紙二記載の差し押えるべき物のうち機関紙(誌)及び書籍類はいずれも市販されているから右各物件を差し押えるべき物としてした本件各令状の請求、発付は必要性を欠き違法である旨主張するので、検討するに、前示認定事実によれば、右各物件が本件各令状に差し押えるべき物として特定されているが、「本件に関係ある」という限定が付されていたというのであるから、本件被疑事件との関連性のあるものとして本件各令状の請求、発付のなされていることが明らかである。そうすると、右差押物件と同種類のものが市販されているからといって、これを差押物件に代替することは許さるべきものではないから、右機関紙(誌)及び書籍類に対する本件各令状の請求、発付が違法であるとする原告らの主張は理由がない。

三  以上のとおりであるから、本件各令状の請求、発付が違法であることを前提として被告国及び同県に対し損害の賠償を求める原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当である。

第二本件各令状の執行について

一  次に、請求原因(一)、2、(1)記載の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件各令状の具体的執行の適法性を争うので、以下、順次これらの点について判断する。

(一) 先ず、本件捜索差押の具体的執行状況を検討するに、前叙認定事実及び当事者間に争いのない右の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1 原告会社は、上方に四段の有刺鉄線を張ったブロック塀と格子状鉄製扉の表門に囲まれた約三三〇平方メートルの敷地に、東西に配置された二階建建物二棟を所有し、西側の一棟は一階に印刷工場及びそれに付設された事務室、二階に食堂一室、従業員の居室五室及び屋上に総硝子張りの前示見張小屋があり、右二階の廊下には瓶四三八本、煉瓦一二六枚、ブロック七九個、石四箱及び楯六個が置かれており、東側の一棟は一、二階とも事務室として利用されている。右従業員の居室は、いずれも出入口のドアに錠が施され、建物の構造上も区分されていてそれぞれが独立し、室内には流し、ガス台等の調理設備や便所が設けられ、各部屋が居住可能な形態構造を備えていただけでなく、実際の利用状況も、各部屋の室内に従業員個人の所有に係る机、本棚、食器棚、箪笥、冷蔵庫等の日常生活用品が持ち込まれ、各部屋に二ないし三名程度の従業員が住み込んでおり、原告会社でも各居室の利用につき労働基準法所定の寄宿舎規則を作成して行政官庁に届け出ていた。従って、原告会社西側建物二階の従業員宿舎五室を除く部分は原告会社が印刷の事業の用に供する施設等として直接占有支配し、従業員宿舎五室はそれぞれに居住する従業員が住居として直接占有支配していた。そこで、以上のような状況に応じ、本件各令状も、右西側建物の二階従業員宿舎五室及び屋上見張り小屋を除く部分(以下工場部分という。)を捜索場所とする一通(以下工場部分の令状という。)と従業員宿舎五室を各別に捜索場所とする五通(以下宿舎の令状という。)とに区分して請求、発付された。なお、右屋上の見張小屋は右各令状のいずれにも捜索場所の対象として含まれていなかった。

2 昭和五〇年三月二五日、本件捜索差押の執行に先立ち、午前四時頃から埼玉県警察大宮警察学校において、本件捜索差押の執行に従事する警察官に対し、その責任者被告松本から、被疑事件の概要、捜索差押の目的、理由及び捜査状況等についての説明や令状の執行に当っての一般的注意が与えられ、同時に本件各令状執行の分担が令状毎に決められ、宿舎の令状五通が各担当捜査官にそれぞれ手交されたが(なお、工場部分の令状一通は右被告松本が所持していた。)、その際原告会社建物の構造、利用状況の詳細についての説明や令状の執行に当り立ち会わせるべき者の選定、人数についての具体的指示はなく、その具体的方法は各担当捜査官のその場の状況に応じた判断に委せられ、又、各捜索場所相互の連絡調整に関する打合もなかった。その後、捜査官約八〇名機動隊員一二〇名位からなる合計約二〇〇名の警察官が本件捜索差押のため原告会社に向い、同日午前六時少し前頃責任者被告松本を含む捜査官を先頭として原告会社表門前の路上に到着し、その背後に機動隊員が待機したが、右表門内側には既に原告会社従業員五、六名が集っていたので、被告松本は、右従業員に対し用務を告げて原告会社側責任者の応対を求め、これに応じて名乗り出た鈴木啓一工場長に対し工場部分の令状一通を表門扉越しに呈示し、施錠された表門を開き敷地内への立ち入りに応ずるよう求めた。鈴木工場長やその周囲に集まっていた原告会社顧問弁護士寺崎昭義及び従業員は、呈示された右令状の内容をメモしたり読み上げたり、録音する等してこれを確認したが、捜索差押の理由がなく不当であること等を主張して直ちに表門の施錠を解かず、その後も、被告松本に対し、工場部分の令状の捜索場所から除外されていた従業員宿舎五室も捜索の対象とするのかどうかを質したうえその令状を直ちにその場で呈示することを求め、次いで、工場部分に持場を有する従業員や従業員宿舎五室に居住する者等各捜索場所に関係ある従業員全員が令状の執行に立ち会う必要がある旨主張して予めこの場で立会人の人数等を確定すべきことを要求したり、更には、捜査官の中にいた東京警視庁所属の私服警察官が本件捜索差押に参加する根拠を質しこれに抗議する等次々と質問、要求、抗議をした。これに対して、被告松本らが、本件被疑事件の概略とその捜査のため本件各令状を執行すること、従業員宿舎を含む原告会社建物及びその敷地の全部が本件捜索の対象であること及び宿舎の令状は各担当捜査官が宿舎の各室において呈示することをそれぞれ説明し、工場部分の令状執行につき鈴木工場長及び寺崎弁護士の両名、宿舎の令状執行につき各室一名宛の立会人を付することを約するに止め、宿舎の令状をその場では呈示せず、又右警視庁所属警察官の点についてもとくに説明を加えなかったところ、宿舎の令状の呈示と関係従業員全員の立会の要求を繰り返す鈴木工場長らとの間で押問答となり、徒らに時間が経過したため、被告松本らが同工場長に対し開門しないときには施錠を破壊することもありうる旨警告するに至った。その間、表門付近に集まって来た原告会社従業員はその数を次第に増して二、三〇名に達し、捜査官に対し「不当捜査だ、帰れ。」等と抗議し表門を挾んで捜査官と対峙する形となったが、工場部分の令状を呈示してから既に約一〇分間を経過するに至ったため、同日午前六時一一分頃捜査官の背後で待機していた機動隊岡田昭夫中隊長以下二九名の隊員は、機動隊長の命令を受け実力により開門すべく原告会社のブロック塀に梯子を掛けて敷地内に立ち入り、更に、右岡田中隊長と二、三名の部下は、鈴木工場長や右従業員が集まっている表門付近に近付き、鈴木工場長らに対し開門を求めるとともに、改めて表門施錠の切断を警告したところ、被告松本ら捜査官と前記のような押問答を続けていた鈴木工場長らが、従業員宿舎各室の令状の呈示と関係従業員全員の立会の要求が容れられなければ開門しないとの態度を表明したので、同日午前六時一五分頃所携の鉄線鋏で表門に施された南京錠の吊輪状部分を切断して開門した。

3 表門が開かれると、捜査官約四〇名が直ちに右敷地内に立ち入り一斉に各捜索場所に向い、又、鈴木工場長、寺崎弁護士及び原告会社の従業員数名も右捜査官に随ったが、表門付近にはなお従業員多数が残って執拗な抗議行動を続けていたので、岡田中隊長ら機動隊員は、右従業員を本件各令状の執行に関係がなく右執行の妨害になる者と認め、これらの者を原告会社の敷地外に排除したうえ、表門付近に並んで敷地と道路との間を遮断した。一方、工場部分の捜索差押には敷地内に立ち入った捜査官のうち約二〇名がこれに従事したが、前記のとおり、被告松本ら捜査官が敷地内に立ち入る当初から鈴木工場長、寺崎弁護士の両名がこれに随伴し、更に、令状執行の具体的進展につれ右両名の立会を補助するため、西側建物一階、同二階食堂及び東側建物の三か所につきそれぞれ従業員一名宛が追加選定されて立ち会い(なお、そのうちには、一旦敷地外に排除されていたが連れ戻されて立ち会った者もいた。)、右各立会のもとで、西側建物一階から別紙三押収品目録第一の(一)ないし(一二)記載の各物件が、又東側建物前の外階段下から同目録第一の(一三)、(一四)記載の各物件がそれぞれ差し押えられ、右各物件を記載した押収品目録交付書が立会人である鈴木工場長に交付された。又、従業員宿舎五室の捜索差押は、捜査官四名宛が各室を分担して執行したが、各室に立ち入るに先立ち室内に留っていた従業員に対し当該居室を捜索場所とする令状をそれぞれ呈示し、それらの従業員のうちから各室一名又は二名の立会人を選定し、それ以外の者を室内から排除したうえ、右各立会人(立会人の中には氏名を黙秘し、サングラス、マスクをして顔を隠していたものもいた。)の立会のもとで各部屋の捜索差押を執行した。従業員宿舎のうち原告二宮、渡辺某及び秋山某が使用ないし居住していた西側から三番目の居室における捜索執行を担当した捜査官田辺ほか三名の者も、山本修二と称した原告二宮と右渡辺の両名に対し同室の居住者であることを確認して右令状を呈示したうえ室内に立ち入り、右渡辺を室外に退去させ、原告二宮立会のもとで捜索差押の執行に着手し、同押収品目録第二記載の各物件を押収し、同原告に右各物件を記載した押収品目録交付書を交付した。

4 本件捜索差押の執行は、当日午前六時一五分過ぎ頃から全捜索場所にほぼ一斉に開始され、同日午前九時四五分頃までに終了した。

5 右差し押えにかかる別紙三押収品目録記載の各物件のうち

(1) 同目録第一、(一)記載の「ビラ一冊」は、「同志難波の虐殺を糾弾する」等の見出し、発行日付「一九七五年三月一一日」、発行者「日本革命的共産主義者同盟(革マル派)」とするものであって、その記載内容は、革マル派機関紙「解放」発行責任者難波力が昭和五〇年三月六日に殺害された時の状況を明らかにし右殺害を中核派と警察権力による謀略と断じその報復を呼び掛けたもの八枚が、印刷後各紙片に裁断される前の状態で一組となっているもので、原告会社の所有に属するものである。なお、原告会社の東側の建物内からもこれと同様のビラ一枚が本件差押において同時に差し押えられた。

(2) 同目録第一、(二)記載の「ビラ一枚」は、「春闘を闘う労働者の“皆殺し”を宣言した中核派清水一派」等の見出しを付した、「一九七五年二月一七日」付、「日本革命的共産主義者同盟(革マル派)」発行とするものであって、革マル派に対する中核派の武力攻撃を「戦闘的労働者皆殺路線」、「対産別革マル無差別テロ」等ときめ付けて難詰し、併せて中核派内部の主導権抗争に触れた記事が掲載されているものであり、原告会社の所有に属するものである。なお、東側建物内及び西側建物二階従業員宿舎一室から同様のビラが各一枚宛同時に差し押えられた。

(3) 同目録第一、(三)記載の「ビラ一枚」は、「右翼殺人狂・中核派を絶滅せよ」、「警察権力のスパイ・右翼ゴロツキ集団=中核派の末期症状」等の見出しを付した、一九七五年二月一日付、「日本革命的共産主義者同盟(革マル派)」発行とするものであって、中核派の内部抗争の結果優勢となった清水一派が警察権力と結んで昭和四九年一二月一六日の革マル派に対する襲撃事件を引き起し、更に革マル派に対する無差別テロを企図しているとの非難の記事が掲載されているもので、原告会社の所有に属するものである。なお、西側建物二階従業員宿舎の一室からも同様のビラ一枚が同時に差し押えられた。

(4) 同目録第一、(五)記載の「解放第三五一号一部」は、発行日付が昭和五〇年二月三日であるほか、記事その他の内容については明らかでないが、原告会社の所有に属するものである。なお、東側建物内及び西側建物二階従業員宿舎三室から合計五部の解放第三五一号が同時に差し押えられた。

(5) 同目録第一、(六)記載の「解放第三五八号一部」は、昭和五〇年三月二四日解放社の発行にかかるものであって、その一面には、「現代の黒百人組の終焉」と題し、同年三月一四日革マル派の全学連の戦士が現代版黒百人組の最高責任者本多延嘉を殺害したこと」等を報じたもので、原告会社の所有に属するものである。なお、印刷所西側建物二階従業員宿舎一室からも解放第三五八号一部が同時に差し押えられた。

(6) 同目録第二、(一)記載の「ヘルメット三個」は、原告会社が所有し従業員らに貸与していた黄色のヘルメットである。

(7) 同目録第二、(四)記載の「解放五五部」は、いずれも原告会社が印刷業務を開始した昭和四九年一〇月頃以降本件差押が執行された同五〇年三月二五日までの間に印刷発行されたものであり、これを、原告二宮と訴外渡辺某が、ともに居住していた西側建物従業員宿舎の一室にそれぞれ三六部と一九部とに分けて資料として保管していたものであるが、その所有関係は明らかでない。

(8) 同目録第二、(五)記載の「早稲田大学新聞一八部」についても、原告二宮と右渡辺が原告会社で印刷したものを同人らの居室内にそれぞれ一〇部と八部宛に分け資料として保管していたものでその所有関係は明らかでないが、昭和四九年一一月二一日付同新聞第一三九一号には全学連革マル派の立場から中核派を非難攻撃した記事が掲載されている。

(9) 同目録第二、(六)記載の「ノート一九冊」のうち、赤色表紙に英語で「フレンチ・ノート・ブック」の文字が印刷されているノート一冊(メモ紙片二枚を含む、検甲第三号証、但し、一四枚目が切断された形跡がある。)は、後記車両に関する記載部分を除き、原告二宮が昭和四九年四月頃から同年六月頃にかけて赤羽高等職業訓練学校写真植字科の講習を受けた際講義の日付、講師名、題目等に続いて、その講義内容を記載したもので、同原告所有に属するものである。

同「ノート一九冊」のうち、薄茶色表紙に英語で「キョクトオ・ノート」の文字が印刷されたノート一冊は、全紙数七一枚(但し、五枚目に当るノート紙片は切除された形跡がある)中、五枚目表上部に先ず「日本賃金学説史」の標題が付され、以下一三枚目表まで労働賃金、労働運動等に関する経済学説その他についての記載が続き、その余の紙面は空白となっており、同原告の所有に属するものである。

同「ノート一九冊」のうち、薄茶色表紙に英語で「キョクトオ・ノート」の文字が印刷された他のノート一冊は、その全紙数八八枚中五枚目表上部に「社会主義の基本的メルクマール」の標題が記載され、以下七枚目裏まで社会主義に関連する理論、学説等の要約的記載があり、その余の紙面は空白となっているものであって、原告二宮の所有に属するものである。

(10) 同目録第二、(八)記載の「ビラ二六枚」のうち、一枚は、昭和五〇年三月一三日付で「日本革命的共産主義者同盟革マル派中央労働者組織委員会」から全逓労働組合役員に宛てた公開質問状の形態をとったものであって、その内容の一部に中核派の革マル派に対する攻撃を「無制限無差別産別戦争」として非難する記載があり、また、他の一枚は、「社共の闘争放棄を弾劾し、フォード来日を実力で阻止せよ」等の見出しが付され、発行者を「日本マルクス主義学生同盟(革マル派)」とするビラで、昭和四九年一一月一八日に予定された米合衆国フォード大統領来日の阻止を訴える集会への参加を呼び掛ける目的で発行されたものであるが、その内容の一部に中核派を「反革命的スパイ・ゴロツキ集団」等ときめつけた記載がある。右ビラ二枚はいずれも原告会社で印刷され原告二宮の所有していたものであるが、前者には革マル・中核両派の対立状況を明らかにした記載部分があり、また、後者の中には赤色ボールペンで印が三か所付されている。

(11) 同目録第二、(一一)記載の「本三冊」は、「国家と革命」及び「革命的マルクス主義とは何か」と題する書籍二冊と機関誌一冊であって、いずれも原告二宮の所有に属するものである。

(12) 同目録第二、(一二)記載の「便せん一冊」、同(一三)記載の「メモ三枚」は、いずれも原告二宮の所有に属するものであるが、その内容は明らかでない。

6 別紙三押収品目録記載の物件のうち、同目録第一、(一三)記載の物件及び同第二記載(一)ないし(三)、(一四)の物件を除くその余の物件は、捜索押収がなされてから三日後の昭和五〇年三月二八日原告らに還付された。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

なお、原告らは、別紙三押収品目録記載の物件のうち、同目録第一の(四)、(七)ないし(一四)の物件は原告会社の、同目録第二の(二)、(三)、(六)ないし(一〇)(但し、(六)のうちの前示ノート三冊及び(八)のうちの前示ビラ二枚を除く。)及び(一四)の物件は原告二宮の各所有に属する旨主張するが、これを認めるに足りる証拠は存しない。

(二) 原告らは、被告松本らが原告会社敷地内に立ち入るに先立ち、本件令状六通全部を呈示しなかったことが適法な令状の呈示に当らない旨主張する。

しかしながら、刑事訴訟法二二二条一項、一一〇条は、捜索差押許可状の執行に当る捜査機関は処分を受ける者に対して令状を呈示しなければならない旨を規定しているが、その趣旨とするところは、右令状の執行を受忍すべき者、又は捜索場所を現実に占有支配している者に対し、捜索差押が令状に基づく適式の処分であることを明確にし手続の公正を担保しようとするものであるから、特別の事情のない限り、令状はその執行を開始するまでに呈示することを要し、かつ、これをもって足りるものと解される。ところで、前示認定事実によれば、本件各令状は、工場部分と宿舎部分を捜索場所とし、それぞれの捜索場所における捜索差押を目的として発付されたものであって、前示原告会社建物の構造、利用ないし占有支配の状況に照せば、工場部分を捜索場所とする令状については原告会社敷地内への立ち入りをもって、又、宿舎部分を捜索場所とする令状については各居室内への立ち入りをもってそれぞれ各令状の執行開始時点と解すべきところ、被告松本が、工場部分の令状を原告会社敷地内への立ち入りに先立ちその建物の管理責任者である鈴木啓一に対して呈示したこと、又、従業員宿舎五室のうち原告二宮らが居住する一室の捜索差押を担当した捜査官田辺が右部屋の令状を立ち入りに先立ち原告二宮に対し呈示したことは、既に認定したとおりであり、従業員宿舎各居室に関する令状を原告会社敷地自体の立ち入りを先立って呈示しなければ原告らの利益が害されるような特別の事情も窺われないから、本件捜索差押において原告らに対する令状の呈示は、いずれもその適法性に欠けるところはない。従って、右と異なる見解を前提とする原告らの主張は失当である。

(三) 次に、原告らは、本件捜索差押において警察官が原告会社表門の施錠を破壊して敷地内に立ち入った行為が、令状執行の目的達成に必要な範囲を越え社会的相当性に欠けるものである旨主張する。

しかしながら、前示認定事実によれば、原告会社建物の管理責任者である鈴木啓一は、捜査官が原告会社の敷地に立ち入るに先立ち、工場部分の令状一通の呈示を受けその執行の立会人を右鈴木及び寺崎弁護士の両名とする旨の確約を受けながら、なおも従業員宿舎各室の令状を呈示すること及び本件各令状の捜索場所内に持場を有する従業員やそこに居住する者等の関係者全員を立会人として承認せよとの要求を繰り返し、その要求が容れられるまで表門の錠を解かず捜査官の敷地内への立ち入りを拒否する態度を表明したというのであるが、原告会社の敷地自体の立ち入りに際しては工場部分の令状の呈示があれば足り宿舎部分の令状の呈示を要しないと解すべきことは、既に判示したとおりであるだけでなく、その際予め従業員宿舎各室についての立会人を選定する必要性もなく、況んや令状による処分を受ける者や捜索場所を持場とする従業員が当然に立会を要求できる筋合いのものでもないから、右鈴木らの要求は理不尽なものであり、その行動は非協力的なものといわなければならない。更に前叙認定事実によれば、当時原告会社表門付近に参集していた二、三〇名の従業員も本件捜索差押許可状の執行に反対の態度をとって抗議を繰り返しており、本件被疑事件が革マル派所属員によって敢行された組織的、計画的犯罪であって、原告会社と革マル派との間に緊密な関係が存するにも拘わらず、工場部分の令状呈示後既に一〇分以上を経過しても本件捜索差押に着手することができない状況にあったため、機動隊員が梯子を使用して原告会社の塀を乗り越えたうえ、表門に施された南京錠の一部を鉄線鋏で切断して開門したというのである。そして、そのため原告会社の被った直接の損害も、南京錠一個の損壊という軽微なものに止ったものということができるから、その方法も非難すべき点がなく、令状の執行につき必要な範囲を越えて社会的相当性に欠けるということもできない。従って、この点の違法を前提とする原告らの請求も理由がない。

なお、前記認定によれば、本件捜索差押の執行に従事する捜査官の中に東京警視庁所属警察官がいたというのであるが、右警察官が原告会社の敷地に立ち入った法的根拠については必ずしも明らかでない(《証拠省略》によれば、右警察官は本件捜索差押と同時に革マル派関係者に対する別件についての逮捕状の執行のためとも思われる。)が、右の事実があったからといって、本件捜索差押の違法を来すことにはならない。

(四) 更に、原告らは、本件捜索差押の執行に際し、警察官が、原告会社に勤務している従業員及び居住している者を排除した行為が違法である旨主張する。

ところで、前示認定によれば、捜査官が表門から原告会社敷地内に立ち入り本件各令状の執行を開始した後もなお、表門付近に留って抗議行動をしていた従業員約二〇名を、機動隊岡田中隊長において、本件各令状の執行の妨害になるものと認めて、敷地外に排除したが、右執行に際しては所定の立会人を付したというのであるから、岡田の右認定、排除行為を目して違法なものということができない。なお、原告らは、排除された従業員の混乱、喧騒は警察官の排除行為によるものであると主張するが、前叙認定事実に徴して採用できない。従って、この点に関する原告らの右主張も失当である。

五  原告らは、本件の各物件に対する差押は被疑事件との関連性を欠き、差押の必要性も存しなかった旨主張する。

(一) しかしながら、別紙三押収品目録記載の各物件のうち、同目録第一の(四)、(七)ないし(一四)の物件が原告会社、同第二の(一)ないし(一〇)(但し、同(六)のうちの前示ノート三冊及び(八)のうちの前示ビラ二枚を除く。)及び(一四)記載の各物件が、原告二宮の所有に属すると認め得ないことは、前説示のとおりであるから、右物件が原告らの所有に属することを前提とする原告らの右主張は理由がない。

(二) そこで、右各物件を除くその余の右目録記載各物件につきその差押の関連性等について検討するに、司法警察職員等は犯罪の捜査をするについて必要があるとき裁判官の発する令状により差押をすることができる(刑事訴訟法二一八条一項)が、右にいわゆる差押をすることのできる物件とは、被疑事件との関係でその証拠物又は没収すべき物(以下、証拠物等という。)でなければならず(同法二二二条一項、九九条一項)、そして、右にいう証拠物等とは、犯罪の特別構成要件に直接関連するものばかりでなく、動機、背後関係など犯罪の態様、罪責の軽重等に関するものをも含み、しかも右の関連性は差押の執行の際客観的に当該差押物と被疑事件との間に関連性があると判断するに足りる合理的な理由が存すれば足りるから、後に関連性がないことが判明したからといって、差押自体が違法となるわけのものではない(同法九九条一項参照)し、また、当該差押物が令状に記載された差し押えるべき物に該当し、被疑事件との関連性が認められたとしても、必要がない場合にまで差押を許すべきものではないが、捜査の性格上、その必要性の判断は第一次的には捜査機関に属すると解するのが相当である。

(三) そこで、本件において、更にこの点について検討を加える。

1 本件被疑事件は、中核派と革マル派との革命理論や闘争戦術等の相違に基づく集団的暴力抗争事件の一環として、周到な計画のもとになされた多数人による組織的な犯行であって、これを敢行するについては自動車を使用したものと考えられること及び別紙三押収品目録第一、(一)ないし(三)、(六)及び第二、(八)(但し、前示の二枚)記載の物件の各記載内容は、いずれも前に説示したとおりであるから、革マル・中核両派の対立、すなわち、本件被疑事件の背景ないし原因を明らかにする証拠として、右被疑事件との関連性を有し、差押の必要性を肯認することができる。

なお、前示文書のうち「解放」(別紙三押収品目録第一、(六))等は市販されているから、差押の方法によらずに入手することも可能であり、現に「解放三五八号」については本件差押前に捜査機関が既にこれを入手していたこと及び同目録第一、(一)ないし(三)記載のビラと同様のビラが本件差押執行において差押えられたことは、前示のとおりである。しかしながら、証拠物等は、市販されており、又は他に同様のものが多数存するからといって直ちに被疑事件との関連において、差押の必要性を欠くものではなく、むしろ同様の証拠物多数が存する場合にその全部を押収することが必要な場合も存するし、また、証拠物の存した場所、そのものの所有、占有の点も無視することができない。要は、被疑事件との関連において、差押の必要性があるかどうかに帰着するから、差押えた証拠物等と同様のものが市販され、又は同様のものが他に存する場合にそのものを差押えたことをもって、直ちに違法であるとすることはできない。そして、本件においては、捜査官が右物件につき押収の必要ありと判断した点に、裁量の範囲を誤った違法があることを認めるに足りる証拠もない。

2 別紙三押収品目録第二、(六)記載の物件のうち、前示フレンチ・ノート・ブック一冊の記載内容等は、前示のとおりである。そして、検甲第三号証によると、右ノートの表紙を含めた三〇枚目の表に、「①電話(03)942―2211 ②4月24日2時30分③第200回」なる記載が存し、被告県らは、右は秘密の連絡先を記載した可能性があるというが、その失当であることは、右ノートのその余の記載から明らかである。更に、右ノートの四七枚目表には、「⑬駐車待つ、故障、停車貨物の積卸五分、人の乗降、停止―命令(信号、ポリ)、電話の場合、駐車禁止出入口3m、工事5m、消防水、機械5m、火災報知機―1m⑭踏切一時停止、安全確認、故障1非常信号、2車を移動、エンスト ギヤを入れ、クラッチを上げる、スタータをまわす。」と記載されており、更にその裏にも燈火に関する記載が存し、右原告が赤羽高等職業訓練学校において写真植字科の講習を受けた際、その講義内容を書き取ったノートの中間に、急に○○の番号をもって右駐車に関する事項を書き始めたことなど不自然な点がないでもないが、その記載内容自体からみるなら、原告本人二宮章一が供述するように、原告二宮が自動車教習所に通っている間その試験に備えて記載したものとみるほかはない。これを要するに、右ノートにつき、本件被疑事件との関連性を認めることはできないし、その差押の必要性を肯認することはできない。

3 別紙三押収品目録記載第一、(五)及び第二、(一一)の本三冊、同(一二)の便せん一冊、同(一三)のメモ三枚は、いずれもその記載内容が明らかでなく、また、同第二、(六)のうちのノート二冊(キョクトオ・ノート)は、その記載内容自体からして、いずれも本件被疑事件との関連性を認めることはできず、惹いてはその差押の必要性も肯認することもできない。

六  そこで、原告らの損害の点について判断する。

別紙三押収品目録記載第一、同第二の物件のうち、原告会社の所有に属する「解放」第三五一号(同目録記載第一、(五))、原告二宮の所有に属する前示ノート三冊(同第二、(六)の一部)、本三冊(同(一一))、便せん一冊(同(一二))及びメモ三枚(同(一三))を除くその余の物件は、いずれもその主張する原告らの所有に属するものと認め得ないことは、既に判示したとおりであるから、その所有権を有することを前提とする原告ら損害賠償の請求は理由がない。

次に、原告会社及び原告二宮の所有に属する右物件に対する差押は、右にみたとおり本件被疑事件との関連性及び差押の必要性を欠く違法なものといわなければならないが、そのために同原告らの被った損害についての具体的な主張はない。むしろ、右物件も差押後三日目に原告らに対して各還付されたとの前示事実に徴すると、所有権に対する侵害の程度も、結局前示押収期間中原告二宮が右物件を使用できなかったことによる損害に帰着するが、右物件の性質、用途及び記載内容などに鑑みると、そのための損害があったとしても、それは極めて軽微なものであって、これを賠償させなければならない程の損害があったと認めることはできない。

更に、右第一の物件が原告会社の工場部分において、同第二の物件が原告二宮の居室において、いずれも捜索押収されたものであるが、仮に原告らの所有に属する右各物件と同様にその押収そのものに違法の点があったとしても、前示のとおり、捜索そのものは本件各令状に基づく適法なものであって、押収品目、記載内容などを検討すると、そのために、直ちに原告らの社会活動や思想、行動の内容を捜査機関に知られたということはできないし、況んやそのいうところのプライバシーないし思想、良心及び行動の自由等の侵害があったものと認めることはできないから、その侵害を前提とする損害賠償の請求も失当である。

七  そうすると、本件各令状の執行の違法理由として被告県に対し、その損害の賠償を求める原告らの請求は、いずれも失当として棄却を免れない。

第三報道機関への公表について

一  《証拠省略》によると、昭和五〇年三月二五日付の朝日新聞夕刊には、社会面のトップに、横文字で「革マルの秘密アジト捜索」、その下段に「中核派書記長殺し、」更に縦書きで「『要さい』なみの印刷所」、その右に「監視所・サーチライト・望遠鏡」、左に「捜査本部犯行の根拠地か」の見出しを付した記事が掲載されており、右記事の概要は、①本件被疑事件を捜査中の埼玉県警察と川口警察署の本件被疑事件捜査本部が同日午前六時革マル派の秘密印刷所である原告会社を捜索し、革マル派の機関紙、ヘルメット、ビラ、ノート等八三品目三四〇点を押収したこと、②原告会社は印刷業の看板を出しているが、その建物にはサーチライト、監視所、サイレン等の防御施設を設け「要塞」さながらで、捜査本部はこれを革マル派の秘密アジトと断定していること、③同時に右アジトが本件被疑事件の犯行の際の根拠地に使われた疑いもあると捜査本部はみていること、④本件被疑事件の犯行当日に革マル派幹部が都内で記者会見し犯行を認める声明を出したことやその後同派機関紙「解放」に犯行時間その他犯行の具体的態様を記載した記事が掲載されたことから、捜査本部は本件被疑事件を同派の犯行とみて本件捜索差押に踏切ったこと、⑤アジトに革マル派政治局員ら大物幹部数人を含む三五、六人の者が出入りしていることから、同派の拠点「解放社」が事実上ここに移転したものと捜査本部がみていること、⑥原告会社の登記によると、役員中には鈴木啓一元革マル派書記長や根本仁同派政治局員らが名を連ねていること、⑦本件捜索は機動隊員、私服警察官約二〇〇名が出動して午前六時から開始され、アジトには前夜から約三〇名が泊込んでいて、係官から令状の呈示を受けた男が二階に寝ていた仲間を起した後、係官との間で「入れろ」、「入れない」の押問答を一五分程繰返し、機動隊員らが建物正面の鉄製扉に梯子を掛けて中に入り捜索を開始したところ、男達が弥次等を浴びせていたものの妨害はなかったこと、⑧アジトは、鉄骨スレート葺二階建で、正面に高さ二・五メートルの鉄のゲート、周囲には上方に有刺鉄線を張ったブロック塀を設け、窓がすべて鉄格子造りで、屋上には広さ約三平方メートルの、中に植木を置いて温室風にカムフラージュした監視所が造られ、正面と裏側には直径五〇センチメートルのサーチライト、二階北側には望遠鏡、拡声機、サイレン、望遠レンズ付隠しカメラ、木製のたて、投石用とみられるブロック、ビールびん等があり、埼玉県警察はこれらを中核派の襲撃に備えた防御施設とみていること、⑨原告会社の敷地は約三三〇平方メートルで、建物一棟は一階に車庫を改造した印刷所、二階に寝泊りのできる部屋五室と食堂があるほか、東側にもう一棟ブロック造りの二階建があって一階が印刷所、二階が事務所になっていること、⑩右建物は革マル派が昭和四九年七月頃埼玉県内の運輸会社から金五、〇〇〇万円で購入し、同年八月頃から印刷業務を始めていたもので、従前同派機関紙「解放」を印刷していた都内の秋田印刷が同年一〇月中核派に襲われたためその後は右建物で「解放」を印刷していたものとみられていること、⑪近所の人の話では、原告会社は日中正面ゲートや窓が閉めっぱなしで人の出入りも少く、監視所等に常時数人が顔を覗かせていたが、夜間になると建物の明かりが一晩中ついていて、連日二、三台の乗用車が出入りする等していたこと、⑫原告会社は本件被疑事件の犯行現場から西へ約一〇キロメートル離れ、周辺には工場、倉庫が並び北側がゴミの埋立地になっていて前記監視所から周囲を見渡せるようになっていること等であるが、そのほか、本件捜索差押を実施中の原告会社建物を上方から撮影し前記屋上監視所の位置を矢印で指示した写真、「裏から見た革マルとりで」との標題を付し、監視所、投光機、望遠カメラの設置箇所等を示した建物略図及び本件被疑事件の犯行現場と原告会社の所在地を指示しその位置関係を明らかにした略図が掲載されている事実を認めることができる。

二  原告会社は、朝日新聞の右記事はすべて被告小島、福島らの公表に基づくものであると主張するので検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 新聞社等の報道機関は、本件被疑事件の犯行当日である昭和五〇年三月一四日前示革マル派幹部の記者会見における犯行自認の声明等により右事件の発生を知って関心を抱き、以来その犯行の態様のほか、右同日の革マル派事務所「解放社」及び同月一八日の全学連革マル派書記局「創造社」に対する各捜索差押の執行等一連の捜査状況について報道を重ねていた。埼玉県警察本部警備部部長谷口利明(以下「谷口部長」という。)は、本件被疑事件が重大事件であると考え、同月二五日午前六時頃本件各令状の執行に先立ち広報課係員を通じ各報道機関に対しその実施を通報するとともに、被告小島が右各令状の執行に参加して原告会社に赴き、その開始から同日午前九時頃までの間の右実施状況等を無線電話で谷口部長に報告し、これらに基づき同部長が本件捜索差押の終了後に予定されていた報道機関に対する発表に備えてメモを作成した。なお、各報道機関も、前記通報を受けて本件各令状の執行中原告会社付近において取材に当り、特に朝日新聞社は同社上空にヘリコプターを飛ばす等して取材した。

(二) 谷口部長及び被告小島の両名は、同日午前一〇時頃から約一〇分間にわたり埼玉県警察本部五階の新聞記者クラブにおいて、一〇名余の報道関係者と記者会見を行い(以下これを「本件記者会見」という。)、概ね以下の事項を発表した。すなわち、被告小島は、先ず前記メモに基づき、①、捜索差押の場所として、原告会社の所在地、名称、②、捜索差押の理由として、本件被疑事件は、犯行後の革マル派の記者会見における声明や昭和五〇年三月二四日付同派機関紙「解放」掲載の記事に具体的な犯行状況が記載されていたこと等により同派の犯行であると認められ、他方、原告会社にはかなり重要な同派幹部が出入りし、その警戒も厳重であって、同派が支配経営するという意味で同派の印刷所であると認められるから、右印刷所に本件被疑事件の証拠が存在すると判断されるし、右印刷所に対する捜索差押許可状の発付を得たうえ、本件捜索差押を執行したこと、③、執行体制及び開始、終了に関し、本件捜索差押は、芝岡川口警察署長の総指揮及び埼玉県警本部警備課長被告福島の現場指揮の下に、私服警察官八〇名、機動隊員一二〇名合計二〇〇名を動員し、午前六時に令状を呈示してその執行を開始し、午前九時四五分に終了したところ、その間、原告会社敷地に存する建物の内外には約三〇名の者がいて本件捜索差押に抗議する等したが、実力による抵抗はなく検挙者、負傷者も出なかったこと等をそれぞれ発表し、引続き出席した記者の質問に応じ、④、原告会社の商業登記簿によれば、塘健男代表取締役のほか、元革マル派書記長鈴木啓一及び同派政治局員根本仁(なお、右根本仁は、前示のとおり革マル派の政治組織局員であるが、本件記者会見においては右のとおり発表された。)の両名が原告会社の取締役に名を連ねていること、⑤、原告会社の建物及びその敷地は、土地、建物各登記簿謄本によれば、昭和四九年八月一七日付売買を原因として同月二一日付で登記がなされていること、⑥、革マル派機関紙「解放」は、以前都内板橋区小豆沢二の三の一六の秋田印刷株式会社で印刷されていたが、右会社が同四九年一〇月一八日に中核派の襲撃を受け、以来その印刷所が変り不明となっていたところ、本件被疑事件の捜査を契機に原告会社で印刷されているのが判明したこと、⑦、本件捜索差押を開始する際、原告会社の者が既に起きていたこと、⑧、原告会社は、玄関の扉が三重になっていて非常に厳重で、周囲が堅固なブロック塀で囲まれ、要所要所に設けられたサーチライトのほか、隠しカメラも備えられており、屋上には温室風にカムフラージュされた見張り台があって常時双眼鏡で監視していること、⑨、原告会社と革マル派の関係は、原告会社が「解放」を印刷し、同派幹部が出入りしているうえ建物の設備等の警戒が極めて厳重で通常の印刷所とは思われないことから、相当の関係があると判断できること等を付加して発表した。なお、「本件被疑事件に原告会社が使用されたのか」等の質問もあったが、本件被疑事件と原告会社の関係については明言を避けた。

更に、被告小島らは、本件記者会見終了約一時間後に、本件差押による押収品の品名、数量等につき概括的な発表を追加した。

《証拠判断省略》 なお、原告会社は、被告福島も右記者会見に参加したと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠は存しない。

三  しかして、朝日新聞社が本件捜索差押許可状の執行当時、原告会社上空にヘリコプターを飛ばし、その記者が原告会社に赴き、付近住民から聞き込みをする等の取材活動をし、昭和五〇年三月二五日付朝日新聞夕刊紙上に原告会社建物の上方から撮影した写真、本件被疑事件現場と原告会社の位置関係を示した略図及び原告会社の建物裏側の略図が掲載され、その記事の内容も詳細であるとの前叙認定事実に徴し、かつ、埼玉新聞、毎日新聞及び読売新聞の本件捜索差押の執行に関する各記事(他の新聞、ラジオ、テレビ等の報道内容は明らかでない。)と比較対照すると、朝日新聞の右記事のうちかなりの部分は、同社記者の取材活動によることが窺われる。そして、本件記者会見において被告小島らの発表した事実と右記者が取材活動により知り得た事実によれば、右朝日新聞の記事にあるように、原告会社が革マル派の秘密アジトであること、右アジトが本件被疑事件の犯行の際根拠地に使われた疑もあり、かつ、革マル派の拠点「解放社」が事実上原告会社に移転したこと等を推断し、これをもって捜査本部の見解であると結論づけることも容易である。換言すれば、右(二)の事実以外にわたる右新聞記事は、被告小島らが本件記者会見において公表したものであると認めることはできないし、被告小島らの原告会社に対する認識を臆測して右記事の出所を云々する原告会社の主張も当を得たものではない。もっとも、右朝日新聞の記事中に「県警の調べでは」なる記載の存することは、原告会社の主張するとおりであるが、右の記載は、被告小島らが、前示記者会見の際記者の質問に答えたものであって、それも原告会社の建物及びその敷地に関するものであることは、その前後の文脈によって明らかであるから、右の記載があるからといって、朝日新聞の前示記事がすべて被告小島らの公表によるものと根拠づけることもできない。

四  以上のとおり、被告小島らが本件記者会見において公表した事実及び見解が虚偽、臆測に過ぎないものであると認め得ないことは、上叙認定事実に徴して明らかであるが、本件被疑事件は社会公共の利害に関する重大な犯罪であって、捜査機関が報道機関に対し右の程度の発表をすることは許さるべきものであるから、これをもって右被告らが原告会社の社会的信用を失墜させ、原告会社に「解放」等の印刷受注を断念させようと意図したものと認めることはできず、他に原告会社に対するプライバシーの侵害、名誉毀損、偽計による業務妨害罪等不法行為の成立を認めるに足りる証拠も存しない。

従って、原告会社の本件記者会見が違法であることを前提として被告県に対する損害賠償、謝罪広告の請求も、失当である。

(被告福島、同小島、同松本に対する請求について)

被告福島、小島、松本が被告県の公権力の行使に当る公務員である事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、右被告らは、本件各令状の請求、執行及び本件記者会見における発言等その職務行為に基づく損害につき、個人としてその賠償の責に任ずべきものではないから、右職務執行々為が違法であることを理由として、右被告らに対する原告らの損害賠償の請求は、いずれも失当である。

(結論)

以上の次第であるから、原告らの請求は、いずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長久保武 裁判官 大喜多啓光 荒井九州雄)

〈以下省略〉

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